走馬灯
走馬灯が多い。
たった一週間前のことでも、もう走馬灯の一部になっている。
同時に昨日のことも忘れていく。
過ぎ去ってからしか楽しかったと思えない。
もしかして、辛い事が無いと楽しい事を知覚出来ないのだろうか。
そしてそんな時はもう楽しかったことは思い出になってしまっている。
多分、愛したいものを素直に愛せている時が幸せ。
でも色んな理由で、愛したいものをがんばって嫌いになろうとしたり、嫌いなものをがんばって愛そうとしたりしてしまう。
自分の気持ちが掴めない。
理性と感情の境目が分からない。
やっぱり信じられるのは感覚だけかもしれない。
理性も感情もうっとおしい。
こんなんではいくら頑張っても普通の人間にはなれない気がする。
私がこうなっているのは、人が居ない生活の所為だ。
だって、20歳くらいまでは少し変わり者程度の普通の人間だったから。
今は別に変わり者ではないのに普通じゃない。
これが全部自分のただの思い込みなら良いな。
思い込んでて馬鹿みたいって笑って終わりにしたいな。
私には膨大な何もしなくていい時間がある。
一日のほとんどが何もしなくていい時間。
やらなければいけないことは水やりくらいだ。
普通の人間になれないのはきっとこの所為だと思う。
でも、これは自分で選んだことだし、
みんなも自分で選んだ時間の使い方をしているはずだ。
会社に行くにしろ、なんだってそうだろう。
それを選んだのだろう。
だから同じなのに。
美しい思い出たちがどんどん降り注いで来て、
そんなのは特になんでもない道を歩いている時とか、
ぼーっとしている時とか。
美しい思い出に引きずられそうになって、
私は慌てて嫌な思い出を思い出そうとがんばる。
私は今朝の事でも忘れてしまうくらい記憶を溜めれないけれど、
幸せだった瞬間は、その後に、百回でもリアルにリフレインさせて心身に刻み込むから、
忘れたくても忘れられない。
私にはそうする為の時間が与えられていて、
リアルに再現できる感覚も備わっていて、
それはただ思い出すのとは違って、
ホログラムみたいにどこの空間にでもレイヤーを作って立体映像で感覚も喚起させる。
一生に一度しかないかも幸せな感覚を忘れたら勿体ないから。
惨めな程必死かもしれない。
誰とも共有していないから、私が忘れると、それらは無かったことのようになってしまう。
私は忘れっぽいし、捨てるのが好きだから。
それはもやもやするのが嫌いだからで、
そして、もやもやするのは、敏感で瞬間記憶力も良いからだ。
だから、忘れるのは私が生きて行く為の装置。
たくさん忘れた方が良い。
それで、大事なことは忘れられないように大事にしすぎて、今がどうでも良くなることも多い。
イマジネーションが感覚を伴ったリアルさを増すと、本当に、どちらが大切なことなのか、判断付かないし、今もまだ付けられない。
言い換えると、自分の夢の世界と、他人の現実は同じ種類。
あなたから見たあなたの過去と、あなたから見た私の現実は同じ種類。
だったらあなたから見る私の夢と私の現実は同じ種類か。
私が見るあなたの夢と現実も同じ種類。
やっぱり自分の夢と現実は同じ種類で合ってるのか。
とりあえず、もうまた現実とか幻想とか区別するのが低次元のことのように思う。
そして、また見なくても良い本質を見ようとしすぎている気もしなくもない。
全部、ただの感覚から派生したことなのに。
それを説明しようとしただけなのに。
文章にすると胡散臭くて嫌だ。
この季節に

捨てた土から咲いた。
ビオラかパンジーか、良くわからないけど。
捨てようと思ってた土だから、
一年間、水やりも何もしていなかったのに。
もうこのままで良いかな。

バラのジュリア。
葉っぱには虫食い。
こんな時期でも幼虫がいるんだ。
アシナガバチはもうみんな死んだけれど、
ミツバチみたいな小さい蜂は最近飛んでいる。

サルビア・セミアトラータ。
こんな季節に咲くなんて重宝する。
他に、薔薇はホワイト・デュシス・ド・ブラバンが白く柔らかい花を咲かせている。
境目と今
どうでもいいって言った時点で終わりだって誰かに言われた。
全てが自由にしていたらいいって他を尊重するのと、
どうでもいいって思うのの境目が良くわからない。
そんなことより、今日はとても気持ちがいい。
天気が良くて暖かいし、
土曜日だから静かだ。
昨日とはまた別の友好同盟の盟主さんの書簡が格好良過ぎて惚れそう。
しかも自分たちより強い同盟さんなので魅力アップ。
強い人が好き。
三国志だから武力は大きいけれど、
実際は受け入れられる強さとか、
支配しないで悠然と構えていられる強さとか、
本物を見極められる眼とか、
色々あるけど。
もっと強くなりたい。
大切な人が居る人間は強くなれる気がする。
漫画の台詞みたいだけど。
今日も歌おう。
色んな人が色んな気持ちで産み出した歌を一緒に歌うと、私にもそれらが宿って、楽しくなったり、泣きたくなったり、
それがなぜか昔から1970年代周辺のものが心に響く。
まだ自分が生まれていなかった時代なのに不思議だなって思う。
この時代に生きた人たちが今50代、60代。
今の世の中はどんな風に感じているんだろう?
わくわくすること、革新的なこと。
あるか?
今の時代、私をわくわくさせてくれるのはApple社くらいだ。
あとは、昔から当たり前にある自然と。
NEWTONマガジンくらいか。
それも、一般人の目の届かない所で研究されていることとかだから。
いまいちリアリティがない。
もっと分かりやすく、みんながわくわくすることないんかな?
趣味、嗜好の狭い範囲でなくて、
もっと大きく広がりのあるもので。
今がどんなに辛くたって未来が明るかったら平気なんだ。
逆にどんなに楽しくたって未来が暗かったら駄目なんだ。
個人もがんばるけど、
全体の未来が明るくならないと難しい。
がんばっている個人が抜け出せなくて、
自己嫌悪に陥る悪循環は避けたい。
どうしたらいいんだろうな。
こんなことを考えてしまうようになったのはこの家の所為だ。
いつも上から街全体を眺めているから。
ラベンダー
長い間、一番欲しかったもの。
ラベンダーの精油。
ずっと切れてたままだった。
今日は荻窪に行ったので思い出したようにルミネのカリス成城でラベンダーを買った。
そんなことをしなくても庭に生えてるけど...
ラベンダーは昔はどうでも良かった。
でも、今は必要だ。
気のせいかもしれないけど、
最近会う人みんな私に優しい笑みをくれる。
街の人とかお店の人とか知らない人が。
気取った風な店員さん以外はみんな優しかった。
気取った風な店員さんは自己満足の世界に居るから、
私であろうが、誰であろうが、同じ顔。
明日の朝、新幹線で大阪に。
旭区の芸術創造館で録音。
金津さんもエンジニアの林さんも私の録音メンバーでもあるから不思議な感じ。
ついでに『海辺より』のマスターも受け取ってくる。
行間を、
前みたいに行間を空けるようになったら、
気持ちよくなった。
詩のサイズっていうのかな。
明日の朝、
9時半とかに家を出るかな。
なので、それ以降、メールチェックなど出来ません。
眠い。
被害妄想
被害妄想は仕方ない。
だって、被害に遭ったんだから。
遭い続けても居られないし、これ以上遭わないようにって考えるから。
自分の中も外ももやもやさせるのは良く無いよ。
隠し事はややこしくするだけだよ。
隠し事する人と、嘘つきが一番嫌い。
話にならない。
今日はとても忙しい。
知らない人の日記を読んで、辛そうで、いてもたってもいられなくなって、メッセージを送った。
そんなのははじめてかもしれない。
励ます事が出来て良かったと思った。
私にはそんな事くらいしか出来ないけれど。
新宿に行った。
人が少なくて、気持ちよかった。
平日の昼間はこんなだったんだ。
東京も別に悪くない。
西武新宿なんかはちょっと汚い街が特に落ち着くし。
でも、それは、私がもう別の場所を感じているからなのかもしれない。
今から、荻窪でオーボエの音出し。
Edur。
そういうのは久しぶりだな。
戦争の準備は続く。
やる時はやった方が良い。
誰も傷つけたく無いけど、仲間を傷つけられるくらいなら、私がやる。
ここ数年は遠ざかっていたけど、私は実は戦い慣れている。
でも、それは最終手段だから。
死ぬまで封印していたいことだから。
だから、怒りたく無ねん。
一人で100人くらい殺せそう。
そんで、警察に捕まるとかどうでもいいねん。
あくまでもたとえ話だけど。
そう、戦う時は、一人の方が気楽やねんな。
大事な人たちをそんな所に巻き込みたくないやん。
今は三国志以外は特に何も無いよ。
今後もしあったらってこと。